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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)274号 判決

上告人 澤田秀夫

被上告人 黒川クニ 外2名

主文

一  原判決中上告人敗訴の部分のうち樹木除去による損害賠償請求に係る部分についての本件上告を却下する。

二  原判決中前項の請求を除くその余の請求に係る部分のうち、

(一)  第1次請求につき360万円に対する昭和49年12月3日から昭和53年5月11日まで年5分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却した部分、(二) 第2次請求につき360万円に対する昭和49年12月3日から昭和54年2月27日まで年5分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却した部分、(三) 被上告人黒川クニに対する第3次請求につき360万円に対する昭和49年12月3日から昭和53年5月11日まで年5分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却した部分について、原判決を破棄する。右各部分につき本件を広島高等裁判所に差し戻す。

三  その余の本件上告を棄却する。

四  第1項及び前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  上告代理人藤堂真二の上告理由四について

原審は、(一) (1) 上告人は、昭和49年7月頃、黒川英昭(以下「黒川」という。)との間で、昭和42年頃以来引渡を受けて使用してきた本件土地を代金360万円で買受ける旨の売買契約(以下「本件売買」という。)を締結し、昭和49年12月2日までに右代金全額を支払つた、(2) 上告人は黒川が司法書士であつたので本件売買に基づく所有権移転登記手続を同人に依頼していたが、同人はその手続をしないまま、昭和52年9月16日に急死した、(3) 同人は右死亡前の同年1月25日、山陽観光株式会社(以下「山陽観光」という。)に対し本件土地を二重に売り渡した、(4) 黒川の相続人は被上告人ら三名であったが、被上告人らは、同年12月16日、広島家庭裁判所に対し黒川の相続に関し限定承認の申述をし、右申述は昭和53年1月26日に受理された(以下「本件限定承認」という。)、(5) 山陽観光は同年5月2日、幸本修(原判決中に「寺本修」と表示されているのは誤記と認める。)に対し本件土地を売り渡した、(6) 被上告人らは、本件土地につき共同相続登記をしたうえ、同年12日、黒川の山陽観光に対する前記売買の履行として、幸本に対し所有権移転登記(以下「本件登記」という。)をした、との事実を認定したうえ、(二) (1) 被上告人らが本件限定承認の申述に際し同家庭裁判所に提出した財産目録には本件売買に伴つて黒川が上告人に対し負担していた相続債務の記載が脱漏していたため、本件限定承認は無効であり、被上告人らは、単純承認をしたことになるから、本件売買に基づく所有権移転登記義務を承継した、(2) しかるに、被上告人らは幸本に対して本件登記をしたものであつて、右は、上告人の本件土地の買主としての権利を侵害する不法行為であるとともに、右登記義務の履行を不能とする債務不履行である、(3) よつて、上告人は被上告人らに対し、第1次的に不法行為を理由とし、第2次的に債務不履行を理由とし、損害賠償として各自360万円及びこれに対する昭和49年12月3日から完済に至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める、との上告人の請求に対し、(三) 財産目録に上告人主張の相続債務の記載を脱漏したとしても本件限定承認を無効とする事由にはならないし、本件限定承認が有効である以上、被上告人らは上告人に対し本件土地について所有権移転登記をすべき義務を負わなくなつたと判断して、右各請求を全部棄却すべきものとしている。

しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

民法921条3号にいう「相続財産」には、消極財産(相続債務)も含まれ、限定承認をした相続人が消極財産を悪意で財産目録中に記載しなかつたときにも、同号により単純承認したものとみなされると解するのが相当である。けだし、同法924条は、相続債権者及び受遺者(以下「相続債権者等」という。)の保護をはかるため、限定承認の結果清算されるべきこととなる相続財産の内容を積極財産と消極財産の双方について明らかとすべく、限定承認の申述に当たり家庭裁判所に財産目録を提出すべきものとしているのであって、同法921条3号の規定は、右の財産目録に悪意で相続財産の範囲を偽る記載をすることは、限定承認手続の公正を害するものであるとともに、相続債権者等に対する背信的行為であつて、そのような行為をした不誠実な相続人には限定承認の利益を与える必要はないとの趣旨に基づいて設けられたものと解されるところ、消極財産(相続債務)の不記載も、相続債権者等を害し、限定承認手続の公正を害するという点においては、積極財産の不記載との間に質的な差があるとは解し難く、したがつて、前記規定の対象から特にこれを除外する理由に乏しいものというべきだからである。

そうすると、原審の確定した前記の事実関係によると、本件売買に基づく黒川の上告人に対する義務は、未だ履行されていなかつたのであるから、相続債務(消極財産)として財産目録に計上されるべきものと考えられるところ、上告人の前記の主張の趣旨とするところは、不明確ながらも、被上告人らは悪意で右相続債務を財産目録に記載しなかつたものであつて同法921条3号に該当し、これによつて単純承認の効果を生じたものであることを前提として、被上告人らが幸本に本件登記をしたことにつき、第1次的に不法行為を理由とし、第2次的に債務不履行を理由として損害賠償を求めるというにあるものと解されるから、以上の説示に照らし、原審としては、右相続債務の財産目録への記載の有無、不記載の場合の被上告人らの悪意、被上告人らそれぞれの相続分等を確定し、上告人の前記各請求の当否につき判断を加えるべきであつたというべきところ、これと異なる見解に基づき、右の点につき審理を尽くすことなく、財産目録に上告人主張の相続債務の記載が脱漏していても本件限定承認を無効とする事由にはならないとして、消極財産の不記載は単純承認をしたものとみなされる事由に当たらないとの趣旨を判示したことに帰する原判決には、法令の解釈適用の誤り、審理不尽ひいて理由不備の違法があるものというべきである。

したがつて、原判決中、第1次請求につき右360万円及びこれに対する本件登記の日である昭和53年5月12日から完済までの年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した部分、並びに第2次請求につき右360万円及びこれに対する請求の趣旨変更申立書の送達による催告の日の翌日であること記録上明らかな昭和54年2月28日から完済まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した部分は破棄を免れず、論旨は右の限度において理由があるが、右各請求のうち、その余の遅延損害金の支払を求める部分は、上告人の主張を前提としても、第1次請求については本件登記の日の前日まで、第2次請求については前記催告の日まで、前記各請求に係る損害賠償債務が遅滞に陥ると解すべき根拠はないから、右各請求を認容する余地はなく、したがつて、原判決中右部分に係る請求を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は、結局正当というべきであり、この部分に関する論旨は理由がない。そして、右破棄部分については、前示の観点から更に審理を尽くさせる必要があるので、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

二  同三及び五について

原審は、前記確定事実のほか、(一) (1) 被上告人黒川クニ(以不「被上告人クニ」という。)は昭和53年1月30日に黒川の相続財産管理人(民法936条1項)に選任された、(2) 本件限定承認にかかる清算手続は未だ完了していない、との事実を確定したうえ、(二) (1) 限定承認後の相続財産は全相続債権者の債権の弁済に充てられるべきものであるから、黒川と山陽観光との間で本件土地についての売買がされても相続人はこれに応じた所有権移転登記手続をしてはならない、(2) しかるに、被上告人らは法定の清算手続に違反して黒川の山陽観光に対する売買の履行として幸本に対し本件登記をし、このため上告人は本件売買の代金額相当の損害を被つた、(3) そこで、上告人は被上告人らに対し、民法934条に基づく損害賠償として各自360万円及びこれに対する昭和49年12月3日から完済に至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める、との上告人の第3次請求に対し、(三) (1) 黒川が山陽観光との間で本件土地の売買をしたとしても、その旨の所有権移転登記がされる前に被上告人らが限定承認をした以上、本件土地は相続財産とされ、したがつて、本件土地に本件登記をしたことは、民法929条に違反するものとして、財産管理人である被上告人クニの責任にとどまるか否かは別として、同法934条による損害賠償責任を生じうる、(2) しかし、被上告人らの限定承認にかかる清算手続は未だ完了しておらず、本件登記により上告人に生ずる損害の有無、その損害額はなお確定していない段階にあるから、上告人の前記主張は失当である、として、右請求を全部棄却すべきものと判断している。

ところで、共同相続の場合において、民法934条に基づく損害賠償責任を負うべき者は相続財産管理人に選任された相続人のみであり(同法936条3項、934条)、原審の確定したところによれば、本件限定承認において相続財産管理人に選任された者は被上告人クニであるというのであるから、上告人の前記請求のうち被上告人黒川直也及び同黒川英知に対する請求は、失当として棄却を免れないものといわなければならない。したがつて、右部分にかかる請求を棄却すべきものとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は、結局正当というべきである。また、上告人の右請求のうち、被上告人クニに対し360万円に対する昭和49年12月3日から昭和53年5月11日までの遅延損害金の支払を求める部分については、上告人の主張を前提としても、本件登記がされた同月12日より前に右請求に係る損害賠償債務が遅滞に陥ると解すべき根拠を欠くから、右請求を認容する余地はなく、したがつて、右部分に係る請求を棄却すべきものとして上告人の控訴を棄却した原審の判断もまた結局正当というべきである。以上の点に関する論旨は理由がないことに帰する。

しかしながら、上告人の前記請求中その余の部分(被上告人クニに対し、360万円及びこれに対する本件登記の日である昭和53年5月12日から完済に至るまでの年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分)について、限定承認に伴う清算手続が完了していない以上、民法929条違反を原因とする同法934条の規定に基づく損害の発生の有無及びその額を確定することはできないとした原審の前記判断を是認することはできない。すなわち、民法は、限定承認に伴う清算手続を公平に実施するため、一定の期間(927条1項、936条3項)を設けて、相続債権者及び受遺者に請求の申出をさせることとし、相続人又は相続財産管理人をして右期間内に相続財産及び相続債務の調査をさせて相続債務の弁済計画を立てさせるものとし、この調査等の必要上、この期間中は一般的に弁済を拒絶することができるものとの支払猶予を与えるとともに(928条)、右期間満了後は、右期間内にした計算に従い、相続債権者に対し配当弁済すべきものとしている(929条)である。

以上によると、右期間満了後は、所定の計算も完了し、各相続債権者に対する弁済額も確定してこれを弁済することができるし、またその義務もあることが法律上予定されているものというべきである。そうとすれば、一定の相続債権者に対し不当な弁済があつたとしても、それによつて他の相続債権者に対して弁済ができなくなつた金額(これが、同法934条に基づく損害賠償額にほかならない。)は、右期間満了後の段階においては、おのずから計算可能のはずであつて、清算手続が完了しない限りはその算定が不能であるというべきものでないことは明らかである。原審としては、進んで被上告人クニの上告人に対する同法934条に基づく損害賠償責任の有無、上告人が本件登記によつて被つた損害の額等を審理したうえ上告人の前記請求の当否を判断すべきであつたというべきであり、これと異なる見解に立ち、右の点について審理を尽くすことなく、清算手続が完了していない以上損害額は確定しないとした原判決には、法令の解釈適用の誤り、審理不尽ひいて理由不備の違法があるものというべきである。論旨は理由があり、原判決中、上告人の前記請求を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した部分は破棄を免れない。そして、右部分については、前示の観点から更に審理を尽くさせる必要があるので、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

三  上告人は、原判決中本件土地上の樹木除去に基づく損害賠償請求に関する上告人敗訴部分について、上告理由を記載した書面を提出しない。

四  よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法407条1項、396条、384条2項、399条1項2号、399条ノ3、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 高島益郎)

上告代理人藤堂真二の上告理由

原判決には次の通り法律の解釈適用を誤つた違法がある。

一、上告人は第一審以来、被上告人が二重売買した後の買主に本件土地所有権移転登記をしたのは被上告人等自身の不法行為であつて被上告人所有財産によりその損害を賠償すべきであり、本限定相続とは関係がないことを主張したのに対し、第一審判決は「上告人は本件土地の所有権移転登記を受けていないから相続人である被上告人に対し土地の取得を主張し得ない」との理由により(一審判決理由の三)上告人の右主張を排斥した、第二審判決は右一審判決理由を援用した外第三者に右登記をしたのは限定承認の後であるとの理由を附加して上告人の主張を排斥された。

二、然し乍ら被相続人の土地の不法処分、相続人の不法な移転登記に対し買主がその土地の所有権移転登記の不法であることを相続人に主張するのに自ら登記を有することを必要とする謂れはない、一、二審共に登記の対抗力の人的範囲を理解していないものである。

三、限定承認後は相続財産の移転登記は許されない。相続人は善良な管理人としてこれを保全し競売によつて金銭的支払をなすべきに拘わらず敢てその移転登記をしたのは不法行為である、それは民法第934条の適用があるに止まらず民法第709条の不法行為である。

四、又被上告人のなした第三者への所有権移転登記は民法第921条第3号の隠匿に該当する。同条の隠匿は物理的行為のみならず法律的に追跡不能の状態を作る法律行為をも含むと解すべきである、従って右隠匿行為により本件限定承認は失効し二審の判示中限定処分後の登記であるとの所論は理由とならない。

五、若一、二審判決の通りとすれば、限定承認手続の進行は一に相続人の意思如何にかかり、いつ終結するか判らない。上告人の民法第935条違反の損害賠償請求権は全くの有名無実となる。被上告人の違法な処分による損害は被上告人に於て賠償されるべきであり、上告人の事実上泣寝入りとなるような不公平な理論は否定されなければならない

仍て原判決中以上の所論の部分は法令の解釈適用を誤つたものとして破毀されるべきものである

〔参照1〕二審(広島高 昭56(ネ)137号 昭和56.11.26判決)

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は各自控訴人に対し、金20万円を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを20分し、その一を被控訴人らの、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一 控訴人

1 原判決を取消す。

2 被控訴人らは各自控訴人に対し、金400万円及び内金360万円に対する昭和49年12月3日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二 被控訴人3名

本件控訴を棄却する。

第二主張及び証拠関係

次に付加するほか、原判決該当欄記載と同一である(ただし、原判決2枚目裏6行の「6日、」の次に「広島家庭裁判所に」を加え、同6枚目裏6行の「甲第一、第二号各証、」を「甲第一号証の一ないし六、第二号証の一ないし七、」と改める)から、これを引用する。

一 控訴人

1 控訴人が黒川英昭と本件土地の売買契約を締結した時期を昭和49年7月と改める。

2 被控訴人らは、広島家庭裁判所に提出した申述書添付の負債表に、控訴人に対する本件債務の記載を脱漏しており、また知れた債権者である控訴人に対し、民法927条に定める公告、催告をしていないので、本件限定承認は無効である。

3 被控訴人らが寺本修に対して所有権移転登記手続をしたことは、民法921条3号の隠匿に該当し、被控訴人らは単純承認したものとみなされる。

4 限定承認の申述後の管理財産の処分については家庭裁判所の許可を要する(民法926条、918条3項、28条)のに、被控訴人らは右許可を得ないで、前記寺本に対する所有権移転登記手続をした。

5 昭和53年1月30日に被控訴人クニが相続財産管理人(以下単に管理人という)に選任されたことは認める。

二 被控訴人3名

1 控訴人の前記2の主張事実中、控訴人が知れたる債権者であることを否認し、その余の事実は認める。

2 被控訴人らは、限定承認の申述に際して添付した財産目録に本件土地を記載しており、何ら隠匿していない。

3 管理人は相続財産の管理及び債務の弁済に必要な一切の行為をすることができる(民法936条2項)もので、寺本に対する所有権移転登記手続をしたのは、被相続人黒川英昭が生前に締結していた売買契約を履行したにすぎない。

4 限定承認による清算手続は現在進行中であり、まだ終了していない。

5 被控訴人らが除去した植木等については、民法242条が適用される。

理由

一 本件土地がもと黒川英昭の所有であつたことは当事者間に争いがない。

二 当裁判所も、控訴人が右英昭から昭和49年7月ころに本件土地を代金360万円で買受け、その代金を完済したことを認定するが、その理由は、次のとおり訂正、削除するほか、原判決の説示と同一であるから、これ(原判決7枚目表1行から9枚目の表末行と裏1行にわたる「認められる。」まで)を引用する。

1 原判決7枚目表1行の「甲第一号各証、甲第二号各証」を「甲第一号証の一ないし六、第二号証の一ないし七」と、4行の「甲第五号証各証」を「甲第五号証の一ないし四」と、同八枚目裏1行の「甲第二号各証」を「甲第二号証の一ないし七」と、五行の「第四、第五号各証」を「第四号証、第五号証の一ないし四」と改める。

2 同8枚目裏6行の「なお」から9枚目表3行の「更に」までを削除し、9枚目表8行の「1713番3」の次に「畑」を加え、9行の「同番の3」を「同番3畑」と改める。

三 英昭は昭和52年9月16日に死亡し、同人の妻子である被控訴人らが同人を相続したこと、被控訴人らは、本件土地を英昭が昭和52年1月25日に山陽観光株式会社に売渡し、同会社は昭和53年5月2日に寺本修に売渡したものであるとして、同年5月12日に、中間の前記会社への登記手続を省略して、寺本への所有権移転登記手続を経由したことは当事者間に争いがない。

四 控訴人は、被控訴人らが右寺本への所有権移転登記手続をしたことをもつて、控訴人が買主として所有権を取得することが不能となり、控訴人の買受代金相当の損害を受けたとして、不法行為に該当する旨主張する。

1 被控訴人らが昭和52年12月16日に広島家庭裁判所に英昭の相続に関し限定承認の申述をし、右申述が昭和53年1月26日に受理されたことは当事者間に争いがない。

2 控訴人は、右限定承認の効力を争うので、順次検討する。

(一) 控訴人主張の負債表の記載、公告、催告の違反は限定承認を無効とする事由にはならないと解するのが相当である。

(二) 次に控訴人は、被控訴人らが前記寺本への所有権移転登記をした行為は、民法921条1号の処分、または同条3号の隠匿に該当する旨主張する。

しかし、1号は限定承認をする以前にした処分についての規定であり、また3号の隠匿には、被相続人が真実に行つていた譲渡行為にそう登記手続をする行為は含まれない、と解するのが相当であるところ、前記のように、寺本への所有権移転登記手続は限定承認後にされたものであり、成立に争いのない乙第16号証、原審における被控訴人黒川クニ本人尋問の結果及びこれによつて成立の認められる乙第12号証に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人らは限定承認申述書に添付の財産目録中に本件土地を記載していたが、被相続人英昭が山陽観光株式会社に、同会社が寺本にそれぞれ本件土地を売渡していたことが判明したため、前記寺本への所有権移転登記手続をしたことが認められるので、前記控訴人の主張は採用できない。

3 そうすると、被控訴人らは英昭を限定相続したことになり、控訴人は、英昭の限定相続人である被控訴人らに対して、英昭からの本件土地買受けによる所有権移転登記手続を請求することはできないと解するのが相当であり、これがあることを前提とする損害賠償請求は理由がない。

五 従つて、控訴人の被控訴人らが相続を単純承認したことを前提とする債務不履行に基づく賠償請求も理由がない。

六 次に、清算手続違反を理由とする控訴人の損害賠償請求も、当審での右手続違反の主張について判断するまでもなく理由がない、と判断するが、その理由は原判決理由五の説示を、うち11枚目表10行の「管財人」を「管理人」と、裏6行の「明らかである。」から同12枚目表1行までを「明らかであり、前記登記手続により、控訴人に損害が生ずるか及びその額はなお確定していない段階にあるから、控訴人の請求は失当というほかない。」と改めたものと同一であるから、これを引用する。

七 樹木の除去を理由とする損害賠償請求について判断する。

本件土地に植栽していた樹木を、控訴人主張のころに被控訴人らが除去したことは、その数量、種別を除いて、当事者間に争いがない。

前記認定(二に引用の部分)のとおり、控訴人は昭和42年ころ英昭から本件土地を買受ける予約をするとともに、本件土地の引渡を受けたが、原審における証人沢田久枝の証言、控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は右引渡を受けた後に、英昭の了承の下に、本件土地にさつき、松、梅、椿等の樹木を少くとも80本,時価20万円相当を植栽していたもので、これらをすべて被控訴人らが除去し、無価値となつたこと、控訴人は、右除去以前に、広兼真澄を通じ、被控訴人らに対して、本件土地について前記売買を原因とする所有権移転登記手続を求めていたことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、右樹木は控訴人が権原に因って本件土地に附属されたものであるから、控訴人の所有であると認められ、これを被控訴人らが自力で除去したことは、少くとも過失による不法行為に該当し、被控訴人らは各自控訴人に対し、これによる損害金20万円を賠償する義務がある。

八 以上の次第で、控訴人の本訴請求は前記七の限度で認容し、その余は棄却すべきであるところ、原判決はこれと相違するので、これを右趣旨に変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法96条、89条、92条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

〔参照2〕一審(広島地 昭53(ワ)164号 昭56.3.30判決)

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一 原告

(一) 被告らは、各自、原告に対し、金400万円およびうち金360万円に対する昭和49年12月3日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(三) 1項につき仮執行の宣言

二 被告ら

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一 原告は、昭和42年頃、黒川英昭との間で、同人から、同人所有の広島県安芸郡海田町東海田字磯田1713番3畑64平方メートル(以下「本件土地」という)を、代金360万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、その頃、その引渡を受け、昭和49年7月15日から同年12月2日までの間に7回にわたって、右代金全額を、英昭に支払つた。

二 黒川英昭は、昭和52年9月16日死亡した。そして、同人の妻である被告黒川クニ、その子の被告黒川直也、同英知がその相続人であるところ、被告らは、昭和52年12月16日、限定承認の申述をし、右申述は昭和53年1月26日受理された。

三 ところで、被告らは、英昭が原告に対し本件土地と売渡しており、したがつて、原告に所有権移転登記をなすべきものであることを了知しながら、英昭が昭和52年1月25日に本件土地を山陽観光株式会社に売渡し、更に山陽観光は、昭和53年5月2日幸本修に売渡したものであるとして、同年5月12日、中間の山陽観光の登記を省略して、幸本に対し所有権移転登記をなした。

四 前記一記載のとおり、本件土地は、原告が英昭からこれを買い受け、その売買代金も完済し、土地所有権は原告に移転していたが、ただ、移転登記のみがなされていない状態にあつたもので、かかる場合、売主である英昭、その一般承継人たる被告らは、登記簿上本件土地を預り保管しているもの、すなわち他人の物を保管しているものであつて、したがつて善管義務を負うものである。そして、売主として右義務を負う被告らが、前記三のとおり、買主である原告以外の者に所有権移転登記をなし、買主である原告をして取得登記を不能ならしめることは、まさに買主である原告に対する背任行為として民法709条の不法行為を構成する。

そして、原告は、被告らの右の不法行為により本件土地の価格相当の前記代金額360万円と同額の損害を被つた。

五 仮に被告らの前記三の所為が不法行為を構成しないとしても、被告らは、限定承認の申述後、相続財産である本件土地につき幸本に対する所有権移転登記をなしたが、右所為は、民法921条1号にあたる所為であるから、限定承認はその効力を生ぜず、被告らは単純承認したものと看做されるものである。

したがつて、被告らは、原告と英昭との間の売買に基づく所有権移転登記義務を承継したものであるところ、被告らは、前記三のとおり、幸本に対し所有権移転登記をなしたことにより、原告に対する右債務は履行不能に帰し、このため、原告は本件土地の価格相当の360万円の損害を被つた。

六 仮に、限定承認が有効なものであり、被告らの前記三の所為が不法行為にはあたらないとしても、限定承認がなされた相続財産は、全相続債権者に対する担保財団を形成し、任意に処分することはできない。

仮に英昭と山陽観光との間で売買がなされていたとしても、これに基づく所有権移転登記がなされていないから、限定承認をした被告らは、売買に基づくものとしてこれに移転登記手続をすることはできない。しかるに、被告らは、法定の清算手続に反して、前記三記載のとおり幸本に対し所有権移転登記をなしたもので、これにより、原告は本件土地の代金額相当の損害を被つた。

七 つぎに、被告らは、幸本修に所有権移転登記をした後の昭和53年5月13日、幸本修をして、原告が本件土地に植栽していた「さつき」「つつじ」「きりしま」その他時価40万円の原告所有の樹本を抜取らせ、これを焼却させて、原告に対し、それら樹木の時価相当の金40万円の損害を被らしめた。

八 よつて、原告は被告らに対し(一)主位的には、四の不法行為を理由に、予備的には、一次的に五の履行不能を理由に、二次的に六の不法行為を理由に、原告の被つた損害360万円とこれに対する昭和49年12月3日から支払ずみまで年5分の割合による遅延損害金(二)および前記七の不法行為により原告の被つた損害40万円を被告ら各自において支払うべきことを求める。

第三請求原因に対する答弁・主張

一 請求原因一記載の事実のうち、本件土地がもと黒川英昭の所有であつたことは認める。

その余の事実は否認する。

二 同二記載の事実は認める。なお、昭和53年1月30日、被告黒川クニが相続財産管理人に選任された。

三 同三記載のうち、幸本修において本件土地につき主張の所有権移転登記を経由したことは認める。

亡英昭は本件土地を、同記載の日時、訴外山陽観光株式会社に売り渡し、同社は更に、同記載の日時、幸本修に売渡したところから、被告らは、中間省略登記の方法により、同人に対し直接所有権移転登記をなした。

四 同四、五、六記載の主張は争う、原告が損害を被つたとの事実は否認する。

民法921条1号は、相続人が限定承認した後の行為には適用がない。

五 同七記載のうち、被告らが、本件土地上に植栽されていた樹木を原告主張の頃、除去したことは、数量・種別を除き認める。被告らは、訴外会社と英昭との間の売買契約に基づき負担した地上樹木を撤去すべき義務の履行として、これをなしたものである。樹木の価格は知らない。

第三証拠

一 原告

(一) 甲第一号証の一から六まで、第二号証の一から七まで、第三、第四号証、第五号証の一から四まで

(二) 証人広兼真澄、同沢田久枝、原告、被告黒川クニ

(三) 乙第三号証から第九号証まで、第一一号証、第一三、第一四号証の成立、第一五号証の原本の存在成立、第一六号証から第一八号証の成立は認める。その余の成立(乙第一〇号証の原本の存在成立を含む)は知らない。

二 被告

(一) 乙第一号証から第一八号証まで

(二) 甲第一、第二号各証、第三号証の成立は認める。その余の成立は知らない。

理由

一 本件土地が、もと亡黒川英昭の所有であつたことは、当事者間に争いがない。

そこで、原告主張の売買契約について判断する。

(一) 成立に争いがない甲第一号各証、甲第二号各証、乙第三号証、乙第八号証、原本の存在成立に争いがない乙第一五号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第四号証および甲第五号証各証、弁論の全趣旨により原本の存在成立の認められる乙第一〇号証、証人広兼真澄、同沢田久枝の各証言、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

原告は、昭和39年12月26日、河野四郎から安芸郡海田町東海田字磯田1713番2の土地を取得し、昭和41年頃同地上に住宅を建築したが、英昭は、これより先の昭和39年に、右の1713番2の土地に隣接する本件土地と分筆後の同番21の土地を含む当時の1713番3の土地を買い受けて所有していたところ、本件土地が原告所有地に相接することと、原告所有地に隣接する側とは反対側のほぼ分筆後の同番21にあたる土地部分を訴外山岡にその倉庫敷地として譲り渡していたが、残る本件土地にあたる部分は特段の用途にあててはいなかったことから、昭和42年頃、原告に対し本件土地を売り渡してもよいとの申入れをなした。これをうけて、その頃、原告、英昭間で、山岡の使用部分を除いた本件土地にあたる部分を、原告が買い受ける、その代金は後日これを確定して支払うとの合意が成立した。そして、その頃原告は英昭からその引渡を受けて、これを菜園等として使用していた。ついで、昭和49年7月、原告は、英昭から、売買代金の支払方を求められ、英昭との間で、右売買の代金総額を360万円と合意し、同月15日から同年12月2日までの間に、7回に分けて、英昭に対し全額を支払つた。そして、原告は、固定資産税を負担する一方、右売買による所有権移転登記手続は、英昭が司法書士であつたことから同人に依頼していたが、その手続がなされないうち、英昭が急死した。なお、前記の1713番3の土地、すなわち本件土地と分筆後の同番21を含む土地は、昭和50年11月27日、先に昭和39年10月6日付で分筆がなされていた同番12の土地が合筆され、更に、これから英昭が山岡に売渡した前記同番21の土地が分筆され、山岡に登記手続がなされた。

(二) 右(一)のとおり認められるところ、まず、前記甲第二号各証は1713番2の土地の代金の領収証であるとの被告黒川クニの供述部分、および乙第九号証中の甲第二号各証が他の趣旨で英昭が受領した金員の領収証であるとの趣旨と解される記載は、前記甲第四、第五号各証と原告本人尋問の結果に照らして採用し難い。なお、甲第二号証の一は、証人沢田久枝の証言によると、売買代金の領収の趣旨で英昭から受領したことが明らかであるから、右認定に副うところである。また甲第二号証の二は代金の領収、同号証の三から七までは、売買代金の領収である旨の記載はあるものの、売買の対象を他と区別する詳細な記載はないものではあるが、原告と英昭間に他に売買がなされた事実を認めるに足る証拠はないから、同号証は前記認定の本件土地にかかる売買の代金の領収とみるべきである。更に乙第一一号証は、原告が租税を負担していた前記認定事実を左右するところではない。そして、前記認定に反する被告クニ本人の供述は、前記(一)掲記の各証拠に照らして採用し難く、他に前記(一)の認定を覆えす証拠はない。

(三) 前記(一)認定の事実によると、原告は、英昭との間で、昭和49年7月頃、英昭から、本件土地(当時の1713番3 82平方メートルおよび同番12から、山岡が取得した同番21の部分を除く同番の3 64平方メートル)を代金360万円で買い受ける旨の売買契約を締結したものと認められる。なお、原告の主張に照らし、右認定は、売買の成立を昭和42年当時とする原告主張の事実とは異なる売買契約を認定するものではない。

二 ところで、亡英昭が昭和52年9月16日死亡し、その相続人が被告ら3名であること、被告らが同年12月16日限定承認の申述をし、それが昭和53年1月26日受理されたことは争いがない。

原告は、被告らは、本件土地につき昭和53年5月12日幸本修に所有権移転登記をしたもので、右は民法921条1号所定の所為にあたるから限定承認の効果は生じないと主張するが、右の登記をなしたのは、限定承認の後であるところ、同条は、限定承認の後に同条1号所定の行為があつた場合には、その適用はないと解されるから、被告らが単純承認をしたと看做され、したがつて、限定承認の効力は生じないものとされるものではない。したがつて、右主張は失当である。

三 つぎに、原告は、本件土地を英昭から買受けたが、未だその登記を得ないうちに、売主の英昭が死亡し、その相続人である被告らは限定承認したものであるところ、かかる場合、原告は登記を経ていない以上、本件土地の取得をもつて相続債権者に対抗し得ず、したがつて相続人である被告らとの関係でも本件土地の取得を主張し得ず、移転登記をも求め得ないものである。ところで、原告は、請求原因四記載のとおり主張するが、この主張は、原告が被告らとの間でも本件土地を取得したと主張し得るものであり、被告らが移転登記手続をすべき義務を負うものであることを前提とするものと解されるから、右主張は、この点で失当というほかない。

四 更に、原告は、請求原因五記載のとおり主張するところ、被告らのなした限定承認は、原告主張の事由によつてその効力が生じないものとは解し得ないこと前記二説示のとおりであり、被相続人の譲受人は限定承認をした相続人に対し、相続財産について、被相続人との売買契約に基づいては、移転登記を求め得ないものであるから、原告の前記主張もこの点で失当である。

五 そこで、請求原因六記載の主張につき検討する。

成立に争いがない乙第三号証によると、被告らは共同相続登記を経たうえで、幸本に移転登記をなしたことが明らかである。被告らは、英昭が山陽観光に譲渡し、更に幸本に譲渡したことから、中間の山陽観光の登記を省略して、前記登記手続をしたと主張するが、英昭と山陽観光との間に売買がなされたとしても、山陽観光が未だ登記を経ないうちに、英昭が死亡し、その相続人の被告らは限定承認したものであるから、本件土地は相続財産とされ、したがつて、本件土地につき前記事由による登記手続をなすべきではなく、右手続をなしたのは、民法929条に違反したものというべく、したがつて、菅財人である被告クニの責任にとどまるか否かは別として、934条による責任を生じ得るものというべきである。

ところで原告は、代金額相当の損害を被ったというところ、原告は、前記のとおり本件土地の取得を主張し得なくなったものであるから、結局、売買代金の返還を求め得るものと解されるが、被告らの限定承認にかかる清算手続は完了していないことは、弁論の全趣旨により明らかである。本件において、前記所為によつて、弁済を受けることができなくなつたことにより原告に損害が生じたこと、およびその損害の額は、原告においてこれを具体的に立証すべきものと解すべきところ、成立に争いない乙第16号証によっては、未だこれを確定し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。したがつて、この点で、前記主張も失当というほかない。

六 つぎに、樹木の撤去を理由とする損害賠償について検討する。被告らが、原告主張の日時頃、本件土地上に植栽された樹木を撤去したことは、被告らの自認するところ、証人沢田久枝の証言によると、これら樹木は原告が本件土地に植栽したものであることが明らかではある。

しかし、原告は本件土地の所有権移転登記を経由していないものであるから、限定承認した被告らに対し権原によって植栽した旨を主張し得ないものというべきである。仮に、しからずとしても、それら樹木の撤去当時における価格は、右証言および原告本人尋問の結果によつては、これを認めるに足らず、他に右の価格を認めるに十分な資料はない。したがつて、前記損害賠償の請求は、その理由がないというほかない。

七 以上によると、(一)原告の請求原因四ないし六記載の主位的および予備的請求原因に基づく請求は、いずれもその理由がなく、(二)請求原因七記載の不法行為に基づく請求も、その理由がないから、失当として、これを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。

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